2014年12月29日 第42回活動報告 『福島県南相馬市・宮城県七ヶ浜町』

沿岸部被災地の復興温度差と東京オリンピック

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第42回となる今回の活動は、2014年12月29日、午前2時30分に埼玉・川口市にあるスミレ梱包倉庫にクルーが集まり、マイクロバスにて出発することでスタートしました。

今回の活動場所は、南相馬市小池長沼仮設住宅と宮城県七ヶ浜町生涯学習センター仮設住宅に設定し、雨の東北道を北上します。

今回参加したクルーは、総勢11名。ドッグトレーナー、トリマー、ペットグッズデザイナーなどペット業界関係者のほかに、現役プロサッカー選手、一般会社員、グラフィックデザイナー、飲食店経営者など、バラエティーあふれるメンバー構成となりました。

7iro CARAVANの理念のひとつには、参加クルーのバックグラウンドや業界の垣根を取り払うことがあります。私たちの活動はペットをキッカケにした被災地支 援ではありますが、その矢印はペットだけではなく、ペットに関わる人にも向けられています。ペット業界外のクルーにも参加してもらうことによって、私たち の活動をフラットな視点で見て、感じてもらえます。これら業界外クルーの意見や感想は、私たち自身の活動内容を俯瞰で検証でき、今後の活動の方向性や内容 について、これまでも重要なヒントをもたらしてくれました。

道中休憩をはさみ、福島県南相馬市・小池長沼仮設住宅に到着したのは午前9時。

私たちはまず仮設住宅のグループ長の方に挨拶を済ませ、事前に用意していたペット物資を仮設住宅敷地内の集会所に荷下ろししました。

これらの支援物資は、ペット用品のインターネット通販大手、ペットゴー株式会社のサイト内購入者のポイント寄付をもとに調達されたものです。またこれらの物資は、仮設住宅で暮らすペット1頭1頭から必要な物資のリクエストを頂き、個別にダンボールで梱包されています。

私たちが活動を開始した震災直後の避難所では、全国各地で集められたであろう支援物資が入り口付近に山のように積まれていました。その中にはペットフードなどもあったのですが、なぜか大量に余っていました。

私たちも、とりあえず東京で揃うあらゆるペット物資を車に載せて被災地へと向かったのですが、圧倒的なモノ不足だった震災当初にもかかわらず、これらの物資が、なぜ手を付けられていないのか。

理由は簡単でした。

そこに積まれていたのは、15キロから20キロくらいの袋詰めにされた、規格も粒の大きさも味も硬さも同じドッグフードでした。

突然生活環境が激変してしまったストレスもあり、多くのペットが精神的に不安定な状態になっていましたし、食欲不振に陥る犬やネコも多かったでしょう。まして、いつも日ごろから与えているフードとあまりにも違うものでは、ペットたちが口にしないのも容易に想像ができます。

当時は切迫した状況ではありましたが、私たちはせっかくの善意が無駄にならないよう、必要なモノを、必要な人やペットに手渡す支援のカタチを目指すことにしました。こうして、モノを通して被災者の方々とのご縁を育てることができ、これまで継続することが出来ました。

南 相馬市小池長沼仮設住宅は、ペットと暮らす人とそうでない人とで、棟が分かれています。クルーは手分けをして集会所に荷下ろしした物資を、一軒一軒呼び鈴 を押し、手渡していきます。ご在宅で手渡しできた方々からは、仮設住宅の現状から将来の不安、ペットと暮らすなかでのご苦労や喜びなど、様々なお話を伺い ます。

顔見知りのクルーは再会を喜び合い、初めて参加するクルーは被災者の方々との会話の中で、メディア等で知っている情報とは異なる生の声に、あるものは愕然とし、あるものは深く考えさせられるキッカケを突き付けられます。

私たちの活動では、参加クルーには積極的に被災者の方々と会話をすることを推奨しています。これは、私たちが現状や今後の方向性を見極める事のほかに、被災者の方々との交流も大事な精神的支援になりえることが、これまでの経験で確信できているからです。

トリマー技術を持つクルーは、爪切りなどの簡単なケアを分担して行い、トレーナーや手のあいているクルーは、犬たちの散歩代行を引き受けます。

仮設住宅で暮らす高齢者にとって犬の散歩は重労働です。被災前の南相馬市は、一軒当たりの敷地は総じて広大でした。自宅には畑や裏山があり、多くの犬たちは自由にそれらの場所を走り回っていました。

しかし、狭い仮設住宅ではそれらは叶いません。運動不足のペットはストレスがたまると問題行動を起こしがちになります。いくらペット同居が許されている棟とはいえ、お隣さんとの距離も近く、気を使うことは震災前とは比較になりません。

私たちが普段より長く犬たちのお散歩をお手伝いさせていただくことで、飼い主の方々からはいつも大きな感謝の言葉をいただきます。

したがって、私たちにとってお散歩代行は、現在は活動の大事な柱となっています。

物資の配給とペットのケア活動が一段落すると、仮設住宅のグループ長が時間の都合がつく住民の方々を集会所に集めてくださり、そこでも交流会のような時間を作って頂きました。

そ こでは、以前参加経験のある海外在住のクルーから託されたメッセージボードをお渡ししたり、住民の方から手編みの帽子をプレゼントしていただいたりと、暖 かい時間ではありましたが、一方では南相馬の仮設住宅で暮らす人々の、さまざまな不安な胸の内も垣間見ることができました。

ここ小池長沼仮設住宅で暮らす被災者の方々の多くは、福島第一原発から15キロ圏内の小高(おだか)地区に自宅を持つ人々です。

度重なる帰宅許可の延期、遅々として進まない除染作業など、平穏な以前の暮らしを取り戻す意思が住民にはあっても、それをことごとく跳ね返されてきているのですから、その心情は察するに余りあります。

小高地区で震災直後に一度はぐれた中型犬と奇跡の再会を果たし(※『シロのはなし』参照)、現在は小池長沼仮設住宅で暮らすEさんのお話です。

『ほ んとうならね、帰宅許可は2015年の4月に出される予定だったんですよ。2014年の8月に、環境省から指定されていた廃棄物を出して、街の除染も今頃 は終わってるはずだったんです。だから自宅のお風呂やガスも自腹でお金かけて業者さんに頼んで直してもらったんです。それが詳しい説明もなく延期になっ て、結局今の段階では2016年の4月に帰宅許可が伸びてしまって・・・。それを聞いたときは、やりきれなくて声を上げて泣きましたよ。ほんとうにもう、 なにを信じていいものかわからないんです。』

環境省からの通達では、原発15キロ圏内に自宅を持つ人の庭などに土がある場 合は、その土を廃棄してコンクリートの石を敷かなければならないそうです。その場合の費用は国から出るのですが、コンクリート敷きを拒否して土を入れ替え る場合は、費用の補助はないということです。

また、庭石や灯篭などについては、廃棄は請け負うが、そのまま使いたい場合は除染しなければならず、その費用もやはり自腹だそうです。

Eさんの話によりますと、当初の予定通り2015年4月に帰宅許可が出た際に、生活基盤を自宅に置く人は、もともとそこにいた住民の30%ほどだったそうですが、帰宅許可予定が1年延期になったことで、その割合は10%に減ってしまったそうです。

つまり、もともと小高地区に住んでいた人の10人に9人は、引っ越すと決めた人か、態度を保留している人ということになります。

Eさんは続けます。

『帰宅許可が1年伸びたでしょう。そうすると、水道とかガスとかお風呂とか、使わないと傷むから、すぐに使える状態にしておくにはメンテナンスにお金がかかるんですよ。また計画が伸びれば、またお金が余分にかかる。悪循環です。』

もちろん、そうしたメンテナンス費用については、国や東電から一切の補助はありません。

また、南相馬の仮設住宅の住民の間では、こんなウワサ話が流れているそうです。

『除染作業が進まないのは、東京オリンピックに作業員が流れてしまったから。』

このことは現段階ではまだ、あくまでウワサ話の域を出ないのですが、福島の被災地の方々は、オリンピック招致に沸く東京はじめ、日本国内のほかの地域から取り残されたようなやりきれなさを感じている方もいる。このことは覚えておくべきだと思います。

進 まない除染作業によって、もともと住んでいた場所から離れることを決断した人が増え、戻る人が少ないと街は活気を失います。活気を失った街からはさらに人 が離れていきます。このウワサ話が現実となって、福島の沿岸部の街がゴーストタウンにならなければいいと、切に願います。

南相馬の仮設住宅を出発し、次の目的地である宮城県七ヶ浜町を目指す車中で、クルーの一人がつぶやきました。

『歓迎されないオリンピックか・・・。』

別のクルーは、

『なんだか、どっかのだれかの思うツボってことじゃないよね・・・。』

人懐こく、明るい笑顔の仮設住民の方々と、そこで暮らす顔見知りの犬やネコたちを思い浮かべながら、沿岸部を北上します。

宮城県七ヶ浜町生涯学習センター仮設住宅には、13時ごろ到着しました。ここでは、仮設住宅内でラーメン店を営む岩本さんにお話を伺いながら、昼食を取ります。

七ヶ浜町は仙台市中心部から車で30分圏内の、海に囲まれた半島状の町です。震災では津波によって沿岸部はほぼ壊滅。命からがら逃げ延びた人々は高台の避難所での生活を余儀なくされました。

トラック運転手だった岩本さんの自宅は、海岸の防波堤から数十メートルの距離にあり、家は基礎部分を遺してすべて流されてしまいました。

岩 本さんは、奥様とダックスフント3頭と共に避難所を探しますが、どこもイヌと一緒に受け入れてくれるところがありませんでした。岩本さんには、犬たちと一 緒に受け入れてくれる避難所がどうしても必要でした。なぜなら、3頭のダックスのうち1頭が、臨月を迎えていて、いつ産まれてもおかしくない状態だったか らです。

結局、岩本さんの状況を理解して受け入れてくれた避難所を探し当て、身重だったダックスも無事避難所で出産することが出来ました。

そこから紆余曲折を経て、岩本さんは仮設住宅でラーメン店を開業し、被災された人々の希望となれるよう、屋号を『夢麺(むーめん)』として再出発を決意されました。(※『国際村避難所とダックスのはなし』参照)震災から約9か月後のことでした。

私たちは、震災直後から岩本さん一家とご縁をつなぎ、支援活動というよりも親戚付き合いのような関係性を築いてきました。

この地を訪れるたびに、七ヶ浜町の現状と今後を伺いながら、ここで暮らす犬たちとも交流を図ってきました。

今回も、岩本さんから仮設住宅の今後とご自身の近況についてクルー全員でお話を伺いました。

七ヶ 浜町では、津波の被害を受けた沿岸部の個人の宅地は国が買い取り、高台に新しく宅地の造成が進んでいて、すでに区割りの抽選は終わっています。土地は借地 権付きですが賃料は安く、建物の負担は個人で追わなければなりませんが、被災者の方々は何かと不自由だった仮設住宅暮らしから脱却する節目の時期を迎える ことが出来るようです。

土地の引き渡しは2015年3月末を予定しており、岩本さんもこの高台住宅にて、早ければ2015年9月よりラーメン店を再開することになっています。

高台住宅に移転して建物を建築する経済的余裕のない方に対しては、復興住宅として重合アパートの建築が進んでおり、こちらも2015年3月末ごろから徐々に引き渡しが行われるという事です。

また、仮設住宅にて現状では態度を留保せざるを得ない状況の方々にも配慮し、しばらくは仮設住宅を取り壊すことはせず、現状維持するとのことです。

七ヶ浜町は大都市仙台からほど近いこともあり、復興スピードは他の沿岸部被災地域に比べて早いことがうかがえます。

もともとあった自宅の土地買い取り価格に差異が生じているなどの問題はあるようですが、概ね仮設住宅で暮らす方々からは、前向きなエネルギーを感じることができます。

ともかく、2015年は七ヶ浜町の震災からの復興において節目の年になることは間違いないようです。

私 たちは、震災直後の瓦礫だらけの海岸や混乱する避難所、また避難所に入れず、圧倒的なモノ不足のなか、支援物資も受け取れない半壊の被災者や、自宅は全壊 しているのに避難所では受け入れてもらえず、車中生活を強いられたペット同行被災者の方々を実際に目の当たりにし、接してきました。

こうした貴重な経験は、災害大国である日本の他の地域にも生かしていかなければならないと感じます。

とりわけ災害時のペット同行避難について、七ヶ浜町の例はほかの地域でも応用が利くことも多いと思いますので、街と住民が新しいフェーズを迎えた後も、定期的に訪問したいと思います。

夢麺での会談が終わった後、七ヶ浜町に点在する仮設住宅のペットとその飼い主さんたちにご挨拶と物資の配給を一通り終え、帰路につきました。

今回参加したクルーたちは、同じ沿岸部の被災地域でも、福島と宮城ではこれだけの違いがあることを肌で感じたと思います。

また、お話を伺う中で興味深かったのは、宮城においても、東京オリンピック開催による現場作業員の流出を懸念されていたことです。

オリンピック関連の施設の建築は、実際にはまだ開始されていないので何とも言えませんが、国を挙げての祭典が、実際に被災地復興の足かせになるのかどうかも、注視したいと思います。

また、私たちDo One Good 7iro CARAVANとしては、今後もペットを通した継続的な支援を行うとともに、この活動によって得られた経験と知識を様々な角度から検証し、発信していきたいと考えています。

文責:村松

 

※追記:この活動の3日後、2015年1月1日に、七ヶ浜・岩本さん宅のダックス、みるちゃんが亡くなりました。岩本さんより、『最後に爪切りをしてもらってよかった。』とのメッセージをいただいております。みるちゃんのご冥福をお祈りいたします。